ときどき、気になった楽曲の紹介文を書いてみたいと思います1

今回は Ihsahn の新曲 Pilgrimage to Oblivion です。

Ihsahn はブラックメタル出身の音楽家の中で最も曲作りが上手な人物です(強い主張)。
もはやプログレに近いのでは?というような緻密な曲が多いのですが、曲のタイトルの雰囲気だけはいつもブラックメタルっぽいです。
ブラックメタルは元々宗教的な思想が強い音楽ということもあってか、妙にクラシック風の音をフィーチャーしたがるきらいがあるのですが、本当にクラシック音楽に造詣が深そうなのは Ihsahn くらいのものではないでしょうか(強い主張)。
もっとも、僕自身が理論に疎いのでこの推察は全然間違いである可能性もあるのですが。 流石にそろそろちゃんと勉強した方が良い。

あえて言うまでもありませんが、この曲を紹介しようと思い立ったのは衝撃的に良い曲だと思ったためです。 とここで危うく自分の気に入ったポイントの一言要約を書いてしまうところだったのですが、これは職業病です。 好き勝手やるために作った場でまでアカデミズムの慣わし『トップダウンな記述を心がける』を発揮する必要はありません。
これは、トップダウンな記述を出力することは(入力に比べて遥かに!)認知的負荷が大きくて疲れるので避けたいということではありません。 どちらかというと自分の出力する文章にランダムネスを持たせたいということです。 急に LLM の temperature の話をし始めたわけではありません。 結局アカデミックライティングはいかに人に分かってもらうかが重要で、どこかで紋切り型に陥ります(いや、そんな域に達するほど論文を書いたりしたわけではないのですが)。 自分の内なる声を素直に出力しているのでは通常良いことがありません。 とはいえ、そのような出力をする場がないと、いつの間にか自分が何者だったか忘れてしまう気がしたのです。 この危機回避装置としての曲紹介を行おうということなのですが、ところがいつまで経っても曲紹介が始まらない。 ついさっきまで卒論生に「1パラグラフ1メッセージを心がけましょう」と指導(!?)していた人間の書いたパラグラフとは思えません。 ところでこのパラグラフの一文目はこの記事を書くモチベーションになっていることに気がつきました。 アカデミズムの慣わし『常にモチベーションを意識する』が発揮されていますね。

この曲はオクタトニックスケールで書かれています。 オクタトニックスケールが音楽理論の中でどのような立ち位置にあり、どのような意味づけが行われるのか、なんてことは全然知りません。 私は初心者なので、ヘビーメタルの楽曲がオクタトニックスケールで書かれていると分かっただけで喜びます(とか言って、違ったりして。ご指摘お待ちしています)。 ↑の wikipedia の記事でいうとモデル A のオクタトニックスケールになっています(半→全の順):

Alt text

オクタトニックスケールと言えば King Crimson の Red でも使われています。 ザ・プログレという感じがしてきますね。

冒頭のリフだけ採譜してみました。 オクタトニックスケールに従っているのが分かると思います:

Alt text

Ihsahn のギターサウンドでこれを弾かれてしまうとやたらカッコ良いんですよね。 ほんの一フレーズですが、自分はこの入りからノックアウトされてしまいました。 そしてその直後にボーカルが入りますが、この裏のリフが冒頭のフレーズを流用したモチーフになっています。 こういうあたりがクラシカルなアプローチと言えるのではないかと思っています。 楽曲全体としてストリングスがフィーチャーされてはいますが、そのような表層的なクラシック要素だけで作られた曲ではないような気がしています。 そもそも冒頭のリフは普通メタルで演奏されるような類のものではなく、それだけでも凄いしついつい変わったリフを連発したくなりそうなものですが、Ihsahn は冷静にモチーフを展開させていく。 この落ち着きに心惹かれてしまいますね。

1:58 の変化はこの曲の大事なポイントだと思います。 この複雑なリズムはどこか Djent 的です。 Djent というと無機質な雰囲気を想起しますが、ここはむしろかなり感情的でまるで怒りに任せてハンマーを打ちつけているような印象を受けます。 ここまで概して冷静な(?)曲運びだったところからこのような転換を行うのはかなり大胆に思えますが、不思議と流れに溶け込んでいて見事なものです2

とりあえずパッと思うところは大体書いた気がする。 とにかくゴリゴリのメタルにしては複雑な癖にまとまりを感じるし、そもそもリフがカッコ良すぎて好きです(一言要約しちゃった)。
あとがきとして、今更ながらどうやらこのアルバムはオーケストラ版も発売される?ようで、Pilgrimage to Oblivion のオーケストラ版も公開されていることに気がつきました。 正直原曲の方が好きですが、アツい話ですね。

  1. あえてレビューとは言わない。そんな立派なものは書けない。 

  2. このような大胆な転換を行えるのは、なんとなくメタルというジャンルの特権かなという気もしています(なんだかうまく言語化できないけど…ウーン)。