研究留学の実現方法(神藤の場合)

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2026年5月から7月まで、パリの高等師範学校 (ENS) にある Cognitive Machine Learning (CoML) というチームに訪問学生として滞在し研究を行なった。 端的に言えば研究留学である。 CoML を率いる Emmanuel Dupoux は人工知能と発達心理学を扱う著名な先生であり、これほど自身の研究テーマと親和性の高い研究室は世界中を見ても他に無い。 3ヶ月という短い期間ではあったものの、そのような環境での滞在を実現できたことは自分にとって大きな出来事であり、実際にとても有意義な時間を過ごすことができた。 ただ、自分も指導教員も Emmanuel と繋がりがなかったため、滞在のきっかけは自力で作る必要があった1。 また、滞在費用や期間、住居などをどうするかについてもいろいろと考える必要があった。 そこで、この記事では自分がどのようにしてこの滞在を実現したかについて書こうと思う。 自分はやらなかったけどこういう手もあるらしい、といった tips も合わせてお伝えできたらと思う。 海外の研究室への訪問に興味はあるけど、どのように実現すれば良いか分からないという人にとって参考になれば幸いである。

※研究生活で得られたものや大変だったことについては別の記事で紹介予定。

留学に際して最低限必要なものは「先生から了承を得ること」「住む場所」「金」の3点である2。 以下、これらについて順に説明する。

先生との繋がり方

自分の場合は、去年の INTERSPEECH (2025 at Rotterdam) でたまたま Emmanuel がチュートリアルでトークしていたので、終わったあとすぐに話しかけることでコネクションを構築した。 「自分は今回の学会ではこういった発表をしていて、こういったことに興味を持っている。訪問して一緒に研究させてもらえないだろうか?」といった内容を素直に話したところ、「オッケー!いつ来るの?」と超前向きな返事が来て拍子抜けしてしまった(時期まで考えてなかった)。 ひとまずその後すぐにメールをして返事をもらうことで確約されたような状況になった。

こう書いてみると、たまたま先生がチュートリアルをやっていて話しかけるタイミングあったという運要素と、訳も分からず突撃する謎の勇気の両方が必要で、再現性が無さそうである。 確かに運は間違いなく良かった。 博士1年の半ばというほど良いタイミングで、なおかつ直接話しかけられる機会というのはなかなか無い。 その一方で、自分の研究テーマが間違いなくその先生のトピックと近いのであれば、なんらかの形で(何ならメールでも)話をするきっかけさえあれば前向きな返事をもらえる可能性は非常に高い。 今回の先生の反応を見る限り、むしろコラボレーターは常に積極的に探していたようにも思う。 実際滞在中も「どのようにして研究コミュニティを広げることができるか」といった議論がなされていたし、「チュートリアルをやることで Shunsuke を見つけることができて良かった!」という話もあった。 したがって「謎の勇気」は実は謎ではなく、案外普通の行いだったのかもしれない。 そう考えてみれば、行動を起こすハードルは少し下がるのではないだろうか。

したがって、もし海外に行きたい研究室があるのならば、臆することなくまずメール、運よく直接話すタイミングがあるなら是非とも話しかける。これが大事。 学会でふらふらしてそうなら頑張って捕まえるなり、事前にメールしてアポを取るのも良いと思う。 繰り返しになるが、アカデミアではこういった行為は恐らく割と普通である。 変に引っ込まずに勇気を持って行動することが一番大事である。

ちなみに後日談として、Emmanuel はその後なかなかメールを見てくれず、事務手続きがなかなか進まないという事態になってしまった。 「会場での会話は社交辞令だったのだろうか…」と思ってしまったが、シンプルに忙しいだけだったっぽい。 これまた運よく別の口で Emmanuel の学生や知り合いの日本人研究者と繋がることができたので、状況を見てもらったり催促をお願いしたりした(本当に感謝)。 周辺の人も含めてコネクションを作るのは大事である。 ちなみにフランス人は単にルーズだったりもするそうで(もちろん人によるけど)、急いでいる場合は2,3日に1回くらいメールしても構わないらしい。 日本人の感覚からするとどうも尻込みしてしまうが、必要なことはガツガツやるのも重要である。

なお、ここまで自分の体験談を書いたが、王道のやり方は「指導教員や知り合いの先生から繋いでもらう」である。 周りを見ているとそのルートで留学している人が一番多い。 これもまた広い意味でコネクションなので、結局「コネクションが大事」ということで一般化できそうである。

家の探し方

家の確保について、自分は「パリ国際大学都市(通称「シテ」)」に申請した。 シテはパリ市内の大学や研究機関に所属する学生や研究者、芸術家が滞在できる国際寮である。 かなり大きな敷地を有しており、自分が滞在した日本館をはじめ、国ごとに建物が存在する。 日本館には日本人しか入れないというわけではなく、最低3割は日本国外出身の居住者を入れるというルールがある。 通常のアパートを借りる手もあったが、詐欺に遭ったり大家とトラブルになったりすることもあるそうで、公的な機関があるならその方が安心できると思う。 特に日本館は日本人が多いため、初めて海外で暮らす自分にとってはかなり安心感があった。 自分の場合は運良く元々知り合いの方もいたし、新しく友達を作ることも出来た。 3ヶ月以内の場合は正規居住ではなく一時滞在という扱いになるためだいぶ割高で、月当たり1,000ユーロぐらいしたが、その価値は十分にあったと思う3

ただし、部屋の空きがあるかどうかは問い合わせないと分からない。 自分はそもそも研究室に滞在できるとちゃんと決まったのが2ヶ月ほど前で、そこから急いでシテの居住申請をしたが、担当者がお休みでなかなか返事が来ずだいぶ焦った。 日本館のいろいろなメールアドレスに対してメールを投下することでなんとか返事をもらうことができ、部屋の空きが存在することが分かった。 結局家の確保ができたのが滞在の1ヶ月前とちょっとギリギリだったが、案外なんとかなるものである。

シテのように公的な宿舎は割と安心感があるので、利用できるなら検討するべきである。 シテでは割と高頻度でイベントが開催されていて、人が来るとき・いなくなるときにちょっとしたパーティーが開かれたり、1階のホールでコンサートがあったり、居住者が研究について発表したりする機会もあった(自分も発表した)。 こういった体験ができるのも公的な宿舎のアドバンテージである。 また、滞在先の大学で斡旋してもらえる可能性もあるので、積極的に問い合わせるべきである。 自分も結局シテに決めたものの、研究室の秘書さんから「大学専用の寮も泊まれるかも」との連絡は受けていた。 家が無いとどうにもならないので、いろいろバックアップを用意しておくと良い。 アパートなどを借りる場合は詐欺に遭わないように気をつけよう。

費用の準備

これも自分の場合はありがたいことに ACT-X という研究費を持っていたので、そこから拠出することができた。 秘書さんと相談して今回は「長期出張」という扱いにできたので、普段の国際会議とそれほど手続き内容に差はなかった。 家賃や日当、航空券などを合わせて、3ヶ月で150万円ほどの支出となった。 パリは家賃も物価も本当に高いので、他の場所ならもう少し安く済むのではないかと思う。

自分で研究費を持っていると、先方は事務手続きなどを含め全く手を煩わせる必要が無いので話が進みやすく、有利だとは思う。 ただ、先述の通り、研究テーマがかなり被っているようなケースであればむしろ先方もウェルカムだったりする。 実際 CoML にはインターン制度(恐らく有給?)もあり、それで滞在している学生もそれなりにいた。 他にも滞在費を出してくれるラボの話はちょこちょこ聞く。 なので、行けるとなったらまずは先方に費用面について遠慮なく相談してみるべきである。 無理そうなら研究費や奨学金を探すことになるが、時間的な制約が出てくるので締切などは事前に調べておくと良いだろう。

海外に滞在して良かったこと(ざっくり)

海外滞在のモチベを上げるために、滞在して良かったことについてざっくり書いてみたい。 まず第一に、言うまでもなく研究が大きく進展する。 そもそも国内にとどまらずあえて留学をするということは、今所属している研究室以上の何かが得られると思っての判断だと思うので、これは当然のことではある。 CoML は自分の所属研究室と比べて音声処理や発達心理学への知見が深く、かなり建設的な議論ができた。 第二に、海外の研究室の仕組みを体感できる。 多くの海外の大学と同様、フランスは日本と違って博士の学生は基本的にサラリーを受け取って研究をする。 サラリーを受け取るということは、当然その元となる研究予算が存在するわけで、学生の研究内容もかなりそれに準拠したものになる。 また、予算は無限ではないので、学生は厳選され少数精鋭となりやすい。 これは日本の研究室と比べて大きな差であると言える。 この差に対する自分の考えは長くなるので割愛するが(一言で言えば一長一短かなと思う)、ともかくこういった差異を実際に体感できるのは良いことであり、今後の研究者としてのキャリアを一考する機会となった。 第三に、コネクションの幅を広げることができる。 所属研究室はもちろんのこと、研究室の上位組織の人たち(LSCP: 赤ちゃんを対象に研究している人もたくさんいた)、ワークショップ繋がりで招待いただいたマルセイユの人たちなど、本当に多くの出会いがあった。 これに加え、シテ日本館やその周辺の人たちとの出会いもまた思わぬ収穫であった。 もちろんそれぞれ研究分野は異なるのだが、あえて海外に来るような日本人は研究への情熱が強い人も多く良い刺激を受けた。 昨今の国際会議は人が多すぎてもはやネットワーキングが難しくなっている実情もあるので、留学などの形で国外に長く滞在することの利点は想像以上に大きいと思う。 このコネクションを元にして、共同研究など更なる機会創出へと繋げていければと考えている。

最後に

留学のハードルは高いと思っていたが、行くと決めてしまえば案外なんとかなるものである。 もちろん大変なこともあるが(このあたりは別記事で書く)、他では得られないリターンがあり、挑戦する価値は大いにある。 あと、3ヶ月は本当に短かったので、できれば最低半年は過ごすべきだと思う。 留学に興味はあるけど右も左も分からなかったかつての僕のような方の一助となれば幸いである。

  1. ちなみにあとで分かったことだが、実際には国内の知り合いのコネをもう少し利用することができそうだった。 

  2. 細かいことを言えばビザやらなんやらあるが、自分の場合は欧州で90日以内だったためビザは不要だった。ビザの手続きはどうもみんな辛そうなので、手軽に行きたいならビザなし滞在という手もアリかもしれない。 

  3. 1000ユーロでキッチン・トイレ・シャワーは共用なので、正直パリの物価はかなりキツいなという気持ちになった。正規居住の学生であれば最安で530ユーロとかなり安いので、長期滞在するなら是非とも利用すべきである。