甘いジュースともったいない精神
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この世には「甘いジュース」と呼ばれるものが存在する。 典型的にはコーラや午後の紅茶、砂糖入り缶コーヒーなどが該当する。 甘いジュースには当然ながら大量の糖分が含まれており、ジュースであるが故にガブガブ摂取できてしまう。 私はこれらの飲み物は一瞬で健康を破壊すると思っているため普段は意識的に避けている。 したがって家には基本的に一切置いていないし何ならお菓子も置いていない。 まあお菓子は割と買ってきて食べるんだけど、その日のうちに食べ切れる量だけ買う。 大事なのは、常に食べられるような状態を作らないことである。
その一方で、私は強靭な「もったいない精神」を備えている。 特に食べ物に対しては顕著で、懇親会などで食べ物が出てきたときは「どうせ余るのだから」と人一倍食べる。 ただでさえ懇親会で知らない人に話しかけるのが苦手なのに、ひたすら食べているのだから輪をかけて交流しなくなる。 全くもって困りものである。 そしてこれは当然、特に小さな懇親会でお馴染みの「甘いジュース」にも当てはまる。 断言しよう。甘いジュースが余らない懇親会はこの世に存在しない。 結局お茶とか水とかが人気でコーラとかジンジャーエールとかはなんやかんやで結構余るのである。 みんなどうしてそんなにたくさん食べ物や飲み物を買ってしまうのだろうと思うが、主催からすれば足りない方が困るのだから仕方ないのであろう。
こういうとき私は「絶対甘いジュースを飲まない気持ち」と「絶対ものを余らせたくない気持ち」が猛烈にせめぎ合う。 普段から控えているので懇親会でちょろっと飲む分には許容したい。 しかし先にも述べた通り甘いジュースが余らない懇親会はこの世に存在しないのである。 誰かが処理しないと一生残る。 結局いつも「もったいない精神」が打ち勝ってしまい、「ああ、体が破壊されていく〜…」と思いながら飲みたくもない甘いジュースを必死に飲むのである。
自分の行動指針として「もったいない精神」が強すぎる気がする。 お金がもったいないから時間を使ってご飯を作るし、家では浄水器を通した水道水ばかり飲んでいる。 明らかに不要になった実験ファイルは消せないし、全く逆に「容量がもったいない」と言って割と必要だったっぽいファイルを大胆に消してしまうこともある。 もうこうなってくると訳が分からない。 研究においては明確に悪い方向に働くこともあり、「絶対書き直した方が良いけど、ここまで頑張って書いてきた実装だしあまり変えずに使い続けたい」とか、 それがさらに発展して「別手法を試すのが億劫」とか、そんなことにも繋がるのである(これは面倒臭がりなだけでは?)。 「ここまで頑張ったのだから投稿・出版したい」も危険信号。
「もったいない精神」は美徳ではあるが、容易に健康を害したり、悪い意味での保守に陥ったりする。 もっとおおらかにやっていきたい。
