雑なスケッチで論文執筆の初動を起こそう

Published:

たまには研究の話でも書いてみる。今回は論文執筆について。

自分はまだまだ経験が浅く確たることは言えないが、論文を執筆する際の一番の障壁は「初動」にあるのではないかと思う。 締切が近づいているけどなかなか書き始められない。 気がついたら締切目前で、共著者から十分にフィードバックを受けられないまま投稿する羽目になってしまう。 これは結構あるあるな話なのではないだろうか。 逆に初動さえ乗り越えることができればそこからは筆が乗ってサクサク進むのではないかと思う。 そういうこともあって「とりあえず何か書いてみよう!」というアドバイスがなされがちだが、いやいやまさにそれができないから困ってるんですけど…という感じである。

なぜ初動を起こすことが難しいのか? 自分なりに考える理由として以下の2点が挙げられる。

(1) まっさらな原稿に圧倒されてしまう

至極当たり前の話だが、原稿を書き始めようとするとまずまっさらな紙面が立ちはだかる。 文字通り「0ページの原稿」を目の前にして、4ページや8ページが埋まっている未来が見えなさ過ぎるのである。 とりあえず自分の研究内容を思い返してタイトルや要旨を考えてみるが、「そんなにページ数を埋められる気がしない…」という暗澹たる気持ちにどんどん駆られていく。

(2) ストーリーが固まりきっていない

論文のストーリーには大体セオリーがある。 まず答えたい問いがあって、なぜその問いに答えるべきかというモチベーションがあって、それに対する先行研究のアプローチは何で、我々の研究はどういう点で新しく、何をもたらしたのか、などなど。 まずこれらの項目が自分の中で固まっていないと書き始めようにも詰まってしまうだろう。 そこでよくやられる方法論が「アウトラインを書いてみる」というものである。 各セクション(できればサブセクションぐらいまで)のタイトルとその内容を簡潔に箇条書きでまとめてみることで、今回の研究のストーリーを明確にする。 アウトラインを書くのは確かに有効で、この段階で一旦共著者に見てもらうことでより着実な執筆が可能となる。 実際これだけで執筆が進むという人も中にはいるかもしれない。 しかしアウトラインはあくまでアウトラインであり、実際の紙面とは関係がない。 結局 (1) の理由でなかなか書き進められないということも考えられる。

以上の課題 (1), (2) を解決する手段として、論文全体像を雑にスケッチすることを提案する(なんか論文みたいな書き口のブログになっているな)。 ここでいう「スケッチ」とはアウトラインを箇条書きするようなことではなく、文字通りお絵描きをすることである。 すなわち論文全体の外観を雑にお絵描きしてみるということだ。

これがなぜ上記の問題点を解決するのかは後で説明するとして、先にやり方を説明する。 まず、お絵描きできるツールを用意する。 私はiPadを使っているが持っていない人は紙とペンで良い。 色が付けられると便利かもしれない。 次に、原稿のページ数分だけ大きめに四角形を書く(紙を使うのなら1枚1ページでも良いが、もっと小さいサイズでも良いと思う)。 あとはこの四角形に枠を書き込みながら論文のレイアウトを定めていく。 もちろん細かく内容を書く必要は無い。 「ここからここまでが大体イントロで、ここにはこういう図表があって…」という設計図を書くイメージである。

以下は言語処理学会の私の主著の雑スケッチである。 人に見せる前提で書いていない上に帰省の飛行機の中でさっさと書いたものなのでだいぶ汚いのはご容赦ください。

ここからはなぜこれによって二つの問題点を解消できるのかについて説明する。

まず「(1) まっさらな原稿に圧倒されてしまう」についてだが、これは結局 TeX に文字を打ち込んだ際に原稿が埋まる速度があまりにも遅いことに起因するのではないかと思う。 そこで、内容を埋める代わりにとりあえず全体を雑にスケッチしてみることで、迅速に外堀を埋めることができる。 タイピングの速度とお絵描きの速度には雲泥の差がある。 外堀を埋めるという点ではアウトラインを作る作業に近いが、雑スケッチは実際の原稿のイメージと直接的に結びついているという点で異なり、その後の執筆の障壁を下げることができる。 何よりも重要なことは「論文を書く」という行為のゴールが可視化されることである。 すなわち、「白紙の原稿に文字を書いていく」という終わりの見えない作業が、「既に可視化されている最終ゴール(=雑スケッチ)に向けて原稿を埋めていく」作業に切り替わる ことで、心理的なハードルが一気に下がるのである。

次に「(2) ストーリーが固まりきっていない」についてだが、これはスケッチしてみることで自ずと考えるようになる。 スケッチすることとは、ここにこの話を書き、ここにこの図表を置き、ということを順を追って考える作業と等しい。 「話の流れ的に当然ここにこんな図表があった方が嬉しい」とったことを俯瞰して考えることができ、場合によってはそれが更なる分析や追加実験を考えるきっかけともなる。 また、スケッチを通してストーリーとデザインを同時に考えることで、読者にとっても読みやすい論文へと繋がる可能性がある。 ちょっと査読ハックっぽい話にはなってしまうが、「査読者は忙しいのでアブスト・図表・結論をまずざっと眺める」という話はよく聞く。 逆に言えばここで心を掴むのが大事ということになる。 雑スケッチは言わば 「ストーリーとデザインが同時に顕現したもの」 と見做せ、結果的に論文の質の向上にも繋がり得るのである。

一つ注意点として、実際に書いてみると当初のスケッチと異なった見た目になることは当然起こり得る。 手法はこのぐらいのスペースを用意していたけど思ったより少なかった!とか、この表は2段組の想定でいたけど1段組にしないと足りなかった!とか。 そこまで完全に見越してスケッチするのは不可能なので、そういったときは気にせず本文執筆側の事情に合わせて柔軟に変更していけば良い。 重要なのはいかに初動を起こすか、である。

今回紹介した方法が万人に適用可能かどうかはよく分からないが、私のようにとりあえずお絵描きしてみるのが好きという人には結構効くのではないかと思う。 どうしても論文を書き始められないというときにお試しあれ。